ほわほわ


案外物欲がないのだと知ったのは、一緒に住み始めた秋の頃。
「オレ、給料安いしさ」
そう笑う鷹介の本当の理由は別の所にあるのも、うすうす気がついた。
だから「何か欲しいものはあるか?」と聞くことはほとんどない。
だが年に数回、その質問を投げ掛けたくなる時がある。
今がそれ。
バレンタインのお返し、と言われるもので困っている。
毎年甘いものが苦手な俺のために、チョコではないプレゼントを考えてくれた鷹介にどう想いを返せるか。
朴念仁の自覚は多少ある。
口下手でなんの面白みもない自分がどうやって鷹介を喜ばせてやれるだろう。
鷹介が俺にしてくれたように。
しかし考えても考えても、どれも決定打に欠けているようで決まらない。そしてとうとう鷹介に聞いてしまったのだ。欲しいものはないか?と。


「鷹介、何か欲しいものはないか?」
3月12日土曜日。
そろそろ言ってくるんじゃないかと予想はついてたんだ。ここ数日一甲の纏うオーラが煮詰まってたからな。
ホワイトデーなんて気にしなくていいのにさ。こういうとこは変に生真面目なんだよ、一甲って。
ホントにオレは欲しいものなんてない。だってもう手に入れてるから。
それにオレのために一生懸命考えてくれるって、それだけで嬉しいのに。これ以上望んだらバチがあたる。
だからいつも言うんだ、何もないぜって。
でも…そうだな。ちょっとだけワガママ言っていいかな。
「んー、あ!明日買い物行こうぜ」
なんか腑に落ちない顔してるけど頷いてくれた。
最近忙しくて二人でいる時間がほとんどなかったし、ホントは「一日一甲を独り占めさせて」って言いたかったんだけど…。そんなこと言ったら最後、明日も下手すれば明後日もベッドから出られなくなりそうだもんな。


日曜日。寒の戻りで春の気配は少々遠退いてしまったが、出かけるには問題なかった。
鷹介は特に見たい店があるわけでもないらしく、気の赴くままに足を運ぶ。
それはアジアン輸入雑貨の店だったり、古着屋だったり、クレープ屋だったり。
「一甲も食べる?」
ピザ風味のクレープをはい、と差し出して小首を傾げる姿は愛らしく、思わずアーンと口を開けてしまった。しまった!そう思った時にはもう遅く、一瞬目を見開いた鷹介がニカッと笑顔を浮かべ俺の口元にクレープを運んだ。
嬉しそうに「美味しい?」と問い掛ける彼に咀嚼しながら頷くと、鷹介もぱくりと頬張る。
その幸せそうな表情に自分の心も温かくなるのを感じた。
「ごちそうさまv」
ぺろり、指先を舐めようとするのを見て手を取る。訝しむ鷹介の指を迷うことなく含み舐め上げると、瞬時に顔を赤くした。そしてお決まりの「外ですんな、バカ」もハイハイ、と受け流す。
こんな他愛もないやりとりに柄にもなく浮かれている自分がいて。
そして最近こんな風に一緒に過ごすなかったことに気付いた。
なんとなくだが、鷹介の求めているものに思い至り、未だ頬を染めてブツブツ言っている鷹介の手を握り締めて、多少足早に家路につく。


「一甲?もしかして…疲れた?」
いきなり手を握られ、踵を返す一甲に驚いた。はしゃぎすぎて忘れてたんだ。一甲が人混みが得意じゃないってことを。
急に不安が込み上げてきて恐る恐る見上げると。
きゅっ…
掌に篭められた力とちらりと振り向いた穏やかな笑顔が否定した。
「帰るぞ、鷹介」
一言そう言うとあとはただ歩みを進める。途中多少コンパスの差があるため、早足になるオレにごく自然に歩幅を合わせてくれた。へへっと繋いだ手を揺らして少し身体をぶつけてみる。ん?と見下ろす瞳は柔らかくて温かい。
繋がれた手と優しい眼差し。それだけで舞い上がっちゃうんだもん、お手軽だよな。

「ただいまーっと」
二人でドアをくぐって。カギを締めて。
「ちゃんとうがいしろよ」
「子ども扱いすんなよな」
ならんで手を洗ってうがいして。簡単に晩ごはんを作って食べて片付けて。

「鷹介」
「いーっこぉ♪」

ソファに腰掛ける一甲の膝に納まってキスを交わす。
抱きしめてくれる腕も優しくて。穏やかに流れる時間が大好きだ。
生きるか死ぬかの死闘の中をくぐり抜けてきた分、本当に些細なこんな時間が愛しい。
「これからも共に生きてくれ」
耳朶に触れた唇が柔らかな声音でそう囁いた。
そしてどんな高価なプレゼントも霞んでしまうくらい甘い口づけに酔いしれる。

特別なものなんていらない。
オレの欲しいものは一甲だけなんだから。



 終 





…遅くなりましたがホワイトデー企画甲鷹編です。
なんかこんな話ばっか書いてる気がする…。ネタ枯渇凹 でも甘いのが大好物なのでお許しください。


2005.03.22  朝比奈朋絵 








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