貴方に関わる全てに


ガサガサ
ガサガサ

両手にスーパーのビニール袋。
袋いっぱいに詰まった食材はかなりな量だが、それを持つ鷹介の足取りは軽い。
白い息を吐き、ホッペはピンクに染めて時折浮かべる笑みは心の底から楽しそうで、寒さに肩を竦めて厳しい表情で歩く他の人間とは実に対照的である。

ここ数日、吼太と七海を捕まえて料理とお菓子作りの手ほどきを受けてきた。
それもこれも今日のため。


ピンポーン。
鳴り響くチャイムに鷹介はえっ?!と時計を振り返る。時刻はまもなく19時になろうとしていた。思った以上に手間取ってしまったことに、あちゃーと顔を顰める。
ピンポーン。
再び鳴らされる音に、はーいと応えドアへと向かった。
「おかえり」
扉を開けながら満面の笑みで出迎えると、いつものように軽く抱き締められる。
この部屋の鍵をもちろん一甲は持っているのだが、こうやって出迎えてもらい抱き締めるのが好きらしく、鷹介の気配を感じるときは自分では開けない。
意外にも子どもっぽい一面を知って鷹介は「仕方ないなぁ」と言いながらも嬉しそうに一甲のためにドアを開けるのだ。
ただいま、の言葉とともに額へ小さなキスが落とされるのも、鷹介から頬へキスを返すのも2人の約束ごとで。一甲のこんな姿を見たら一鍬は泣くんじゃないかと常々思う。それほど一甲は鷹介には甘い。
小さく笑いながらやんわりと一甲の腕から離れると、一甲はようやく靴を脱ぎ鷹介の後に続いた。
「ごめん、もうちょっと待っててくれよな。あと少しで用意できるから」
そう言い残し、再び鷹介は台所へと向かう。
洗面所で手を洗いうがいを済ませた一甲はテーブルの上に並ぶ和食を見て少し驚いた。
というのも、鷹介のレパートリーのほとんどは洋食だからだ。和食は一甲担当、と暗黙の了解になっている。
「お待たせー。さ、食おうぜ」
最後の汁物を運び終え、一甲の茶碗にご飯をよそって未だ立ったままの一甲を促した。

「どお?」
おそるおそる尋ねてくる鷹介がいじらしく、美味いぞ、と笑顔で答えると安心したのかようやく自分の箸へと手を伸ばす。実は少々味が濃く感じるのだが、鷹介が一生懸命作ってくれたこと、肉体労働を主とする一甲の身体への配慮を知っているので、それだけで満足なのだ。しかも一甲の好きな献立ばかりというのも輪をかけている。
「それにしても珍しいな。お前が和食とは」
「へへ、たまにはな。でもさ、一甲みたく上手く作れねぇや」
「いや十分だろ。あとは回数をこなせば」
「じゃ今度は一甲にポトフとか作ってもらおうかな〜。担当変えてみるとか?」
「……考えておく」


食後も鷹介は機嫌よく、お気に入りのコーヒー豆を出して淹れた。
はい、と出された薫り高いコーヒーとクッキー。少し形がいびつなのは鷹介の手作りだからだ。
「これ、あんまり甘くないから一甲でも食えると思うぜ」
「お前が作ったのか?」
笑顔満面で頷く鷹介にクッキーを1枚掴み、口へ運ぶ。
さっくりと歯ざわりもよく、バターの風味が広がる。たしかに甘すぎずすっきりした味わいだった。
それにしても今日の鷹介はどうしたのだろう。
いつもより5割増のサービスのよさに一甲は首を傾げる。
「鷹介、今日は何かあるのか?」
コーヒーを一口飲み、思ったままに疑問をぶつける。
すると鷹介が持っていたコーヒーカップを置き、姿勢を正した。
「…今日、さ。お前の誕生日、だろ?」
正直驚いた。鷹介が一甲の誕生日を知っているとは思わなかった。教えたことはない。
「一鍬から聞いたんだ。お前の誕生日。それとお前たちが誕生日を快く思ってないことも」
一甲たち兄弟は誕生日が嫌いだった。父・一鬼は一つ年を重ねる日に格段と鍛錬を厳しくした。
また大きくなったな。そう言いニヤリと笑って、いつも以上にしごかれた記憶しかない。幼い頃に見た一鬼の顔が怖かったのだ。一鍬は毎年3月になると口数が減った。
一鬼が死んだ後そんなことはなくなったのだが、誰かが祝ってくれるわけでもなく特に気にしていなかった。
「でもそんなの淋しいだろ。だってお前が25年前の今日、生まれてきてくれたからこうやっていられるんだから。一甲はイヤかもしれないけど、オレ、一甲に命を与えてくれた親父さんにも感謝してるんだ。だから一緒にお祝いしたくて。おめでとうって。ありがとうって…。」
にじり寄り、一甲の膝を掴み見上げて訴えてくる。
鷹介の想いが何度頑なな一甲の心を解きほぐしてきただろう。
「誕生日っていいもんだぜ、ってお前に教えたくて。吼太や七海に料理教えてもらったんだ。それとこれ…」
クッションの後ろに隠してあった包みを取り出し、一甲へ差し出す。
「…俺にか?」
「お前以外誰がいるんだよ」
気に入らなかったらゴメンな。照れくさそうに笑う鷹介を一甲は引き寄せ、強く抱き締めた。
鷹介の肩口に顔を埋めた一甲が小さく震えている。
今まで生まれた日を嬉しく思ったことはなかった。思う必要もないと感じていた。ましてや一鬼に対して憎しみと哀れみを抱きこそすれ感謝などする由もなく。根本的なところでまだ己の命を軽んじていたのかもしれない、と。鷹介は大事なことをいつも教えてくれる。
「プレゼント。使ってくれよな」
きゅっと一甲の背中に回した腕に力を込めて、ツンツンに尖らせた髪を優しく撫でながら小さく呟いた。
「後生大事にする」
「大げさだって」
クスクス笑う鷹介の唇を塞ぎ、一旦離す。一甲は見たことがないほど幸せそうな笑みを浮かべていた。
その表情に鷹介の顔は真っ赤に染まる。
「ありがとう、鷹介」
耳に吹き込まれる囁きに鷹介はキスと艶やかな笑みで返す。

「もひとつ。オレ、やるよ」



翌朝、鷹介が起き上がれなかったのは言うまでもない。
しかしその顔には疲労ではなく満ち足りた笑みが浮かんでいた。




 終 





一甲誕生日SS。ちなみに鷹介からのプレゼントはありきたりでマフラー。
防寒具、欲しいでしょ(笑)
<追記>
書き忘れてましたが、この設定2002年12月、つまり戦いの最中です。一甲、今年26歳なのにごめんね、一年前の話で凹

2003.12.11  朝比奈朋絵 
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