ハルノユメ 4月も半ばを過ぎたある日のこと。 忍風館を卒業しても研究所に入り浸っていた椎名鷹介は、七海お気に入りのイルカのぬいぐるみを抱きしめながらボンヤリしていた。 館長とおぼろは再び忍風館を再建するために話し合いを続けている。そんな会話に入ることなどできるわけもなく、かといって外に行く気もない。 みんな仕事が忙しいのか、なかなか会う機会がない。今まで一緒にいた分、それがとても淋しく思えた。何か集まる口実があればいいのに…と思った瞬間、壁にかかっていたカレンダーが目に入る。 「そっか、花見! 花見すりゃいいじゃん!」 鷹介の視線の先には見事に咲き誇る満開の桜。 いきなり叫ぶ鷹介に驚いて振り向いた日向親子に、鷹介は駆け寄りお得意のおねだり攻撃をしかけた。 「ねー館長、おぼろさんー。オレ、花見したい」 「い、いきなり何やねん。だいたいこの辺はもう桜なんて咲いてないやろ?」 「だーってオレ、今年花見してないもん。ねぇ、したいーっ!! ジャカンジャだって倒したんだし少しくらい遠出しても大丈夫でしょ? ね? みんなで花見ーっ!」 まるで子どものようにダダをこねる鷹介に館長が喝を入れる。 「バカモーン!! 何を浮かれておる! ジャカンジャは倒したがお前はまだ忍者としての任務があるでおろう! 花見なんぞ10年早いわ!」 久々の館長のカミナリに鷹介は首をすくめた。俯き、下唇を噛んで肩を震わせている。 それを見たおぼろが慌ててフォローに入った。 「お、お父ちゃん。何も怒鳴らんでもええやんか。たまには息抜きも必要や。この子らかてずーっと必死に地球守ってきたんやし。な、お父ちゃん」 何故か鷹介には甘いおぼろが父の説得を始める。同じく最終的には鷹介に甘い無限斎も少々言い過ぎた、と思っていたらしく、目をそらせながら「む……今回だけだぞ」と呟いた。 その言葉を聞いた鷹介はいきなり顔を上げて部屋中を跳ね回った。 「わーい、花見だぜ★ 館長、サンキュー!!」 「…はめられた…」 まんまと鷹介のウソ泣きにほだされた形となった日向親子が顔を見合わせてため息をついていた。 早速おぼろに緊急連絡と称して花見の件を全員に伝えてもらい、その打ち合わせをするために吼太と七海が研究所を訪れた。 「もぉ鷹介!いきなり『緊急連絡』なんて言うからビックリしちゃったじゃない」 「まぁまぁ七海。鷹介だって悪気があったわけじゃないんだから…」 「悪気があったらもっと怒ってるわよ。だって新曲打ち合わせの最中だったのよ。馳さんもビックリしてたし」 いつもセカセカしてる野乃ナナのマネージャーの姿を思い出して、鷹介がクスクス笑っている。それを見た七海がまた何か言い出すのを制し、吼太が口を開く。 「で鷹介。どこ行くんだ?もう桜のシーズンじゃないだろ?」 ハリケンジャー司令塔・吼太はさっと話を切り替えて、七海の怒りを静めようとする。 「そうよね〜、この辺はもう完全に散っちゃったし」 七海も何事もなかったように話を進める。本気で怒っていたわけではなく、ただ久しぶりにじゃれあいたかっただけのようだ。 「え〜と、…どこだろ?」 鷹介がヘラッと笑って首を傾げる。 「どっか当てがあったんじゃないのか?」 「別に〜。ただみんなでワイワイ騒ぎたいな〜って思っただけだからさ」 どこでもいいよー、とのほほんと言う鷹介に吼太は頭を抱えた。 「相変わらず行き当たりばったりなんだから〜」 七海も呆れ顔だ。唇を尖らせて「いいじゃんよ〜」と拗ねる鷹介はまさにお子様。どうやら本当に淋しかったらしい。 「今やったら東北やろ」 見るに見かねたおぼろが口を挟む。 かくして忍風館&迅雷義塾合同花見大会が決行されることとなった。 当日、週末にしては珍しく晴れて絶好の花見日和。 これも浮かれた鷹介が「あ〜した天気にな〜れ♪」と軒下にテルテル坊主をぶら下げたおかげだろう。 吼太と七海おぼろは早朝から全員分の弁当づくりに追われていた。…主に吼太が作ったのは言うまでもなく。 霞兄弟も酒やらつまみやらを持参しているところを見ると「なんで我らまで…」と文句を言いながらも意外と楽しみにしていたようだ。 「こういうとき忍者でよかったよな〜。ぜってぇ車で行くより早いし」 さすがにハリケンウィンガーで行こうとするのを止められたが、腐っても忍者、シュシュッと移動できてしまう。特忍科卒のおぼろは一甲に背負われて「なんや、役得やな〜」とご満悦。それを見たブラコン一鍬と一応恋人の鷹介が面白くない顔をしていたが、吼太に宥められてどうにか平静を保っていた。吼太はいつでもどこでも損な役回りのようだ。 「忍風館と迅雷義塾がこうして花見ができるようになったのは、まさに奇跡。わしが…」 「館長、そんな堅苦しい挨拶やめてさー」 「じゃ、みなさーん。今日は無礼講でーす♪ カンパーイ!」 館長の挨拶が長くなるのを察知した鷹介&七海が勝手に乾杯の音頭をとる。 カンパーイ★ とおぼろと吼太が賛同し、一甲と一鍬も苦笑しながらコップを掲げる。こうなると館長も引き下がるしかなく、ブツブツ言いながら酒をあおった。 「館長、怒ってちゃ損ですよ、せっかくのお花見なんですし」 ここでも吼太のフォローが冴えわたる。すかさず空いた杯に酒を注ぎ足し、料理を取り分けて持ってきた。 「そうじゃのぉ。よしっ、今日は飲むぞ!」 こうして、忍者ご一行様の花見がスタートした。 どのくらい時間が経ったのだろう。大量に持ってきた食糧もあらかた片付き、館長が久々の飲酒で許容量オーバーで潰れてしまった頃、ふと一甲は弟の姿が見当たらないことに気がついた。 「七海、一鍬を見なかったか?」 隣にいた七海に聞くが、答えはノー。どこに行ったのか、と見渡していると七海から「探してきてあげるよ」と声がかかった。 「…すまない」 自分で探しに行ってもよかったのだが、いかんせん、一甲の脚には鷹介の頭が乗っていて。いわゆる『膝枕』状態。弱いクセに一甲の酒を奪い、潰れてしまったのだ。一甲の膝で幸せそうな顔で眠っている鷹介の頭を小突き「ガキのくせに」と悪態をつくが、当の本人には届かない。しかしその声はひどく甘く聞こえた。 「一鍬?」 みんなから少し離れたところに一鍬はいた。大きな桜の幹に背を預け、空を眺めている。 七海の気配に気づき、視線をよこすと穏やかな笑みを浮かべた。 一鍬に見惚れ、七海は足を止める。(どうしたんだろ、いつもと違う?)違うのは一鍬なのか、自分なのか。 そんな自分を悟られないように、深呼吸すると再び一鍬へと足を運ぶ。 「…キレイだね」 ちょうど一鍬と幹を挟んで背をあわせるように座る。なんとなく今は顔を見られたくない。一鍬の顔が見れないのは残念だけど、と七海は矛盾した思いに戸惑いを覚えた。ドキドキしてるのは何故なのか。一鍬の透明な笑みはキレイなのだが、どこか儚げで不安が募る。 「桜は…あまり好きじゃない」 ぽつり、と零れた言葉。いつものように自信に満ちたものではなく、消え入るような声音。さらに不安が広がる。 「俺の…我らの母が死んだのが、桜の満開の頃だった」 幼かった一鍬にとって顔も思い出せない母だが、優しかった手は覚えている。そんな母が亡くなった時、咲き誇っていた桜がなんとなく許せなかった。桜の精に母を奪われた気分だった。子どもじみた思いだ、というのは承知しているがどうしても割り切れないものが残っている。 静かにぽつり、ぽつりと話す一鍬。 「…そうだったんだ」 うまく言葉をかけられない自分が情けなく思う。ただ、静かに一鍬の声に耳を傾けるだけしかできない。でも慰めたくて七海は少し身体を移動させて、一鍬に近づいた。しかしやはり言葉はまとまらず、歯がゆくなる。 意を決して七海は左手を伸ばし、一鍬の手に触れる。 「…お母さん、毎年桜になって一鍬たちのこと見守ってるんじゃないかな。桜って咲けば絶対気がつくでしょ? 『ここにいるよ』って伝えてるのかもよ。一鍬だって、こうやって今見上げてるじゃない」 も〜、何が言いたいんだろう!と自己嫌悪に陥りながらも必死で言葉を紡ぐ。しかしふと違和感を感じた。 「……一鍬?」 あまりに静かなのだ。一鍬なら、手を繋いだ時点で何らかのリアクションがあってもおかしくない。 おそるおそる覗き込んでみると、ほんのり頬を染めてスースーを寝息をたてている。顔を近づけてみると微かにお酒の匂いがした。 どうやら酔いが回って眠ってしまったようだ。 これには七海も一瞬あっけに取られる。しかしフツフツと怒りが込み上げてきた。さっきまで真剣に心配していた自分はなんなのだ。 考えてみれば、一鍬がシラフであんな話をするのはおかしい。酔っていて思考回路が鈍り、感傷に浸っていただけなのだろう。 「人の心配ムシして寝るなんて…、ただ酔ってただけなんて…、一鍬の、一鍬のバカーッ!!!!」 眠っている一鍬に水流破を浴びせ、七海は肩を怒らせて来た道を戻っていった。 怒り心頭の七海が館長と鷹介を叩き起こし、さっさと帰ってしまった。一人取り残された一甲は仕方なく一鍬を探しに七海が戻ってきた方へと足を向ける。 ほどなく行くと、桜の下で水浸しになり呆然としている一鍬を見つけた。事情を聞くにも、首を傾げるだけ。一鍬が七海の怒りを買ったことだけは確かだが、原因がわからないとなると当分七海の機嫌は直らないだろう。 一甲はこっそりため息をつき、哀れみを込めた目で弟を見遣り「…風邪引く前に帰るぞ」と腕を引っ張り立たせて家路に着いた。 七海の怒りが解けるまで、しばらくの時間を要したのは言うまでもないだろう。 いつになったらこの2人は進展するのだろうか。誰も知らない。 終
2003年に書いたお花見SS(改訂版)です。どこが変わったのかって? それはちょっとだけ甲鷹テイストを加えてみました。鍬七+甲鷹。 それにしても情けないな、一鍬…。 2005.04.03 朝比奈朋絵
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