騙し騙され


「一鍬の気持ちは嬉しいんだけど、実は私………一甲のことが…」



そろそろ七海へ想いを打ち明けよう、そう考えた一鍬は仕事帰りの七海を連れて河川敷公園に来ていた。

たしかに最初は敵同士だった。弱いくせに地球を守るだのふざけたことを、アレが何なのか知らないとは、と見下していたのも事実だ。
しかし敵である自分たちのことを真剣に悩んだり、笑顔を向けてくれる彼女が不思議でいつのまにか目が離せない存在となっていた。
チューピッドの矢に当たり七海にアタック(死語)したが、その術が解けてからも想いは消えなかったこと、日に日に自分の中を占める七海の割合が高くなってきたこと、七海が好きだと自覚したことを、しどろもどろになりながらも告げた。
彼女も少なからず自分に好意を抱いてくれてると信じての告白だったのだが…。




「…だからごめんね。
 ――――な〜んてウソv …あれ? 一鍬?? 待ちなさいよーっ! あっ!!」
七海が振り向くとすでに一鍬は背を向けて走り出していた。慌てて追うと、少し先で見事に一鍬がすっ転んでいた。
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
助け起こそうとする前に一鍬は立ち上がり、半べそをかいて走り去ってしまった。
「一鍬ーっ?!」
七海は首をかしげて一鍬の去った方向を呆然と見ていた。



「一鍬、メシだ。早く来い。冷めるぞ」
薄暗い部屋の片隅で膝を抱えている弟を不気味に思いながらも呼んでみる。
「…いらぬ。放っておいてくれ、兄者」
子どものようにプイ、とそっぽを向く弟に小さくため息をついて近寄る。
「どうかしたのか」
顔を覗き込みながら問いかけても、さらにプイと反対方向に顔をそむける。
そんな態度にイラついた一甲は一鍬の顎をつかみ自分のほうを向かせるが、パンッと手を払いのけられてしまった。
さすがに一甲も弟のこの行動に驚いた。ここまで反抗的な行動は珍しい。
無理強いしても意地を張るだけと判断した一甲は「好きにしろ」とだけ言い置き部屋を出て行く。
その背中を一鍬は複雑な思いでみつめていた。


結局一睡もできなかった一鍬の目の下にはクッキリとクマができていた。それを見た一甲がこっそり「かわいい顔が台無しじゃないか」と思ったのは内緒。腐ってるなぁ、この兄貴。
一鍬は七海への想いが諦めきれず、しかし兄のことを憎みきれず、一体自分はどっちを取るべきなのか悶々と考え続けていた。兄が用意してくれていた食事も機械的に飲み込むだけで、一度も顔を上げることなく、早々に仕事へと出かけてしまう。
早く出かけたところで同じ現場。イヤでも顔を合わすわけである。
いつもなら微笑ましいのを通り越して心配すら覚えるほどの一鍬の兄への懐きっぷりが、今日はまったくない。それどころか口を利かず、目も合わせようとしないことにさすがに現場のオヤジ共も不思議に思ったようだ。
「なんだ、霞。兄弟ゲンカかー?」
などと心配半分、からかい半分で声を掛けてくる。
「…はぁ」
正直、原因がさっぱりわからない一甲はあいまいに答えるしかない。「さっさと仲直りしろよ」と言われても…と困惑顔の一甲。
休憩中もいつもなら隣にちょこんと座って昼飯を食べている一鍬が、オヤジ達に誘われたのか団欒の輪の中にいた。なんとなく面白くない一甲だが弟の好きにさせるしかない、と諦めた。
休憩終了までまだ時間があるため、少しふらふらとしていた一甲の腕で聞き慣れた通信音。
「あ、一甲?今大丈夫か?」
気遣わしげな声は吼太のものだった。珍しいことだ、と思いながらも通信を続ける。
「大丈夫だ。何かあったか?」
緊急事態ならばおぼろ博士からの連絡だから、ジャカンジャの襲撃ということではないらしい。となるとますます吼太からの連絡の内容が想像できない。
「あのさ、そこに一鍬は?」
「いや、いないが。…吼太、お前なにか知ってるのか?」
「聞いてないのか? まぁ言いづらいよなぁ」
兄である自分が知らず、仲間とはいえ他人である吼太が知っていることに苛立ちを覚えるが、ぐっと自分を抑える。
「俺も七海から聞いて驚いたけど。…一鍬どうしてるかなって思ってさ」
「…そうか。心配かけて悪かったな」
年齢は一鍬のほうが上だが、根っからのお兄ちゃん気質の吼太にとって一鍬も弟みたいなものらしい。そんな吼太に嫉妬めいたものを抱いた自分に反省をしつつ、礼を言って通信を切る。
一鍬の変調の理由が七海なのはわかった。しかし弟が言いたくないのなら無理に聞き出すわけにはいかない。こと恋愛に関しては自分の苦手分野でもある。静観を決めた。


「帰るか、一鍬」
本日の業務・引継ぎを終え家路につく。相変わらず一鍬は一甲の顔を見ようとしない。まだ何か思い悩んでいるようだ。
兄が自分を思い遣って何も聞かずにいてくれるのを一鍬は痛いほど感じていた。いつまでも心配をかけるのも心苦しい。兄は何も悪くないのだ。七海が兄のことを好きだというのなら、自分は諦めるしかないではない。七海の幸せを願うしかないのだ。自分のエゴを突き通すなんて子供のすることだ、と思っていても簡単に割り切れないのは、やはり自分が子供だからだろうか。
「あ…兄者。………すまん」
消えてしまいそうな声だがしっかり一甲に届いていた。
一鍬から話しかけてきた。それだけで一歩前進だ、と一甲は微笑んで頭をポンと叩いてやる。
「腹減っただろ。美味いもんを作ってやる」

公園を横切って帰る途中、ふとよく知った気配を感じた。…七海だ。
一鍬も気づいたらしく、一瞬肩を震わせて立ち止まる。
「あ、一甲一鍬ーっ!!」
大きな声で手をブンブン振り回す姿はいつもの七海のままである。…何かあったのではないのだろうか、と訝しむ一甲の後ろで一鍬が回れ右をして逃げようとしていた。
「え?一鍬、どうしたの?!」
一鍬が逃げようとする瞬間、条件反射のように一甲が肩をガシッと掴んだ。
「あ、兄者っ! 離してくれ!」
ジタバタしてる間に七海が一鍬の元へと走り寄ってくる。やがて観念したように一鍬が大人しくなったのを感じて一甲が肩から手を離す。
「一鍬、なんで逃げるの?」
上目遣いにそう睨んでくる七海をまっすぐに見られない。俯いたままボソボソと何事かを呟いている。
「何?聞こえないよ?」と言い募る七海。自分は邪魔だなと思い、その場を立ち去ろうとする一甲の背中に信じられない言葉が突き刺さった。
「お前は…七海は兄者のことが好きなのだろう? ならば俺に構うなっ!」
「「はぁっ?」」
今、なんと言った? 七海が俺のことを好きだと?
アゴがかくんっと落ちたような顔で立ち竦んでいると、七海が大きなため息をついていた。
「あのねぇ一鍬。人の話を最後まで聞きなさいよ、まったくぅ」
呆れたような声音だが、目は笑っていた。
「昨日のアレ、ウソだよ」
「は?」
合点のいかない顔の一鍬。もちろん一甲も話がさっぱり見えずにいた。
「だって〜、昨日って4月1日でしょ? 一鍬ってばあんなウソつかないでよね。いくらエイプリル・フールだからってタチ悪いよ〜?」
悔しいから仕返し、と笑っている。
「だから一甲のことが好きってのもウソだよ〜ん♪ あ、これ吼太から。たくさん作りすぎちゃったから持っていけって言われてね。吼太の煮付け、すっごく美味しいよー。確かに渡したからね。じゃ!」
言いたいことを言いたいだけ伝えてマメ台風は去っていった。
あとに残された兄弟は吼太の煮付けを抱えたまましばらく動けないでいた。
「…なぁ兄者。えいぷりる・ふーる≠チて何だ?」
「俺に聞くな。鷹介か吼太に聞け」

「結局俺の告白って…伝わってないのだな」
それだけは確かなようだ、と思ったが不憫で言えない一甲であった。





移転SS第1弾。エイプリールフールネタがあったのでこの時期を逃したらダメだ!と持ってきました。←1日遅いじゃん。
鍬七です。そして甲鷹では全然ありません。鷹介がでてこないんですもの!当時は鍬七しか書かなかったんです。人間、変わるものですね。それにしてもこの一鍬、お子ちゃまにもほどがある…凹


2005.04.01  朝比奈朋絵 








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送