チョコ・kiss・チョコ


「ありがとうございました!」
境内に響く小学生の声で剣道教室は終了を告げる。
フゥと一息つくと、いつもより着飾った奥様方が一甲と一鍬を取り囲んだ。
「お疲れ様でした。先生、これ、よろしかったらどうぞ」
タオルとともに差し出されたのはキレイにラッピングされた小箱や小さな紙袋。
バレンタインか、とそれなりに世の中の行事に慣れてきた二人が思い当たるまで、そう時間はかからなかった。
変に優しいこの兄弟が差し出されるチョコを無下に断ることもできず受け取ってしまうのは去年と同じで。(去年はバレンタインすら知らなかったせいもあるが)今年もバレンタインプレゼントをいただいてしまった。
「…どうする、兄者」
この後、七海と約束をしている一鍬は途方に暮れる。恋人とのデートに奥様方とは言え、他の人間からもらったチョコを持っていくほどデリカシーに欠けた行動は取れない。去年の教訓が生きている。
「…とりあえず、お前の分は俺が預かっておく。帰りにでも寄っていけ」
「すまぬ」
頭を下げ、いそいそと着替えると待ち合わせ場所まで走っていってしまった。
「さて、どうしたものか」
未だ剣道着のまま両手に大きな袋を提げて立ち尽くす(大きな袋は気の利く奥様から頂いた)。その姿はかつて『真紅の稲妻』と恐れられてた面影はない。


日も暮れた頃になって、ようやく一甲が帰宅すると「お帰り」とエプロン姿の鷹介が出迎えた。
遅かったんだな、と鷹介が言い終える前に一甲の手元に視線が止まる。
「…鷹介、これは…」
珍しくしどろもどろで言い訳を始める一甲をジト目で睨みつけると、さらに慌てふためき顔色をなくす。
きっと仲間たちも見たことのない姿だ、と内心嬉しく思っているのだがこの様子が楽しくてツンとそっぽを向いてやった。
「鷹介…」
眉尻が下がって捨てられた子犬のようで可愛い、って思うのはきっとオレだけだかも。そう思うと苦笑が漏れた。
「鷹介?」
今までプイと怒っていたはずの鷹介がいきなり笑い出したのを見て、ますますどうしていいのかわかならくなる。
「ごめんごめん。別に怒っちゃいねぇって。ソレ、生徒のお母さん達からだろ。ちょっと量多いけど」
貸せよ、と一甲の手から紙袋を受け取ってリビングへと向かう鷹介の後を一甲は追いかけた。
「まぁ一鍬の分も預かってるからな」
「一鍬の? あ、そか。今日七海と…」
「そういうことだ」
ふーん、と相槌を打ちながら紙袋を部屋の隅に置き、テーブルに食事を並べていく。
「一鍬は恋人の前に他人からもらったチョコを持っていく、なんてことしないんだ。えらいよな〜」
チクチク。
言葉に刺を含ませては一甲の反応を楽しんでいるようだ。


一甲にとってはひやひやの夕食が終わり、鷹介は鼻歌を歌いながら洗い物をしている。
「なぁ。今年はどんなのもらったんだ?」
背中越しに問い掛けてくるのはもちろん奥様方からのプレゼント。
「さあな。見てないから何があるかは…」
「開けてみりゃいいじゃん」
洗い終えて手を拭きながら一甲の元へと戻ってきた。
「奥様からのバレンタインはお中元やお歳暮みたいなものだろ? だから怒らないってば。本命チョコもらったっていうなら今すぐ蹴飛ばして追い出してやるけど」
大きな紙袋の中身を物色しながら鷹介が笑う。
「そんな物もらうわけないだろう」
少々憮然としながら鷹介にならい、袋の中身をチェックしている。元々甘いものは苦手な一甲は匂いだけでももうギブアップ寸前だ。
ラッピングに使われていた紙をキレイにたたみながら、鷹介はしかめっ面の一甲の顔を窺っていた。
「やっぱり苦手だよな、チョコレート。これ、どうすんの?」
食べられないからといって捨てるわけにもいかず、正直困っていて。帰ってくる道中もずっと考えていた。
「どうしような…」
去年頂いたチョコレートは無理やり全部食べさせられた。しばらくジンマシンが出て苦しんだのを思い出して暗い気持ちになる。
さすがにやりすぎたよな〜と反省した鷹介は一つの提案を出した。
「吼太に頼んだら? ほらアイツ養護施設に差し入れとか持ってくだろ? チョコも無駄にならないし、子ども達も喜ぶし一石二鳥だよ!」
「そりゃそうしてくれれば有難いが…」
「んじゃ明日聞いとくな」
そう言って鷹介がいきなり立ち上がり、一人スタスタと寝室へ向かう。いきなりの行動にポカンと見ていた一甲の前に鷹介が戻ってきたときには手にラッピングの施された箱と3つの袋が握られていた。
「コレも…吼太に渡しちゃう?」
3つの袋を一甲の前に等間隔で並べる。そしてもう一つの箱は一甲へと差し出した。
「鷹介?」
「こっちはチョコじゃないから。気に入ったら使ってくれよな」
そっぽを向きながら話すのは照れた時の癖で。すでに承知済みの一甲はふわりと笑って頬に軽いキスを落とす。
「開けてもいいか?」
嬉しそうに目を細める一甲に視線を奪われつつ、やっぱり恥ずかしいのか俯いてしまった。
「そういうのよくわかんなくて…、でもお前に似合いそうだなって…」
箱から出てきたのは青いビンがキレイな香水。涼やかなスパイスの効いた中に漂う甘さに惹かれて思わず買ってしまったと言う。
「こういった物は使ったことはないのだが…ぜひ使わせてもらう。嫌味のないいい匂いだ」
ありがとう。もう片方の頬にもキスをし感謝の意を表す。
「で、これだが…」
一甲の前に並べられた袋。どれもほぼ同じ大きさである。
「一つだけ選んでくれよ。ってどれもチョコだけどさ」
先ほどの照れた表情とはうって変わって、イタズラっ子な笑みを浮かべている。
チョコと聞いて一瞬身構えたが、鷹介からの物なら鼻血が出ようがジンマシンが出ようが食べてやる、そう一甲が呟くと鷹介は大げさだと笑い始めた。
そして迷うこと1分。一番左端の袋を選んで鷹介の様子を窺う。
「それでいいんだな?」
一甲が頷くと、中身の確認〜♪と鷹介は楽しそうに開け始める。
出てきたのは小さな小さな1cm四方のチョコレート12個。
「あ〜、これか〜。じゃ一甲、これあげる」
そう言うが早いか、その小さなチョコを一粒口に放り込み一甲の唇を塞ぎ舌を差し入れた。
生チョコタイプのそれは互いの口内ですぐに溶けていく。
チョコの甘い余韻を味わうまもなく鷹介は唇を離し、ニッコリ笑う。
「甘い甘〜いオレからのキス、1ダース」
「…チョコなしじゃダメなのか?」
鷹介からのキスは嬉しいがチョコは…と少し情けない顔をする一甲に当然、とふんぞり返る。
「だってバレンタインだもん。チョコがなきゃ」
「ところであと2つは何だったんだ?」
一つしか選ぶな、と言われて選んだはいいがやはり残りの2つが気になって仕方ない。チョコだとはわかっていても。
「あとはね〜普通のチョコレートと、デコレーション用のチョコ」
「デコレーション用?」
これ、と言って取り出されたのは、トロトロに溶けたチョコの入ったボトルだった。
出されてもこれをどうしろと言うのか…。まさか全部飲めとか…。
「これじゃなくてよかった」
小さく漏れた言葉に鷹介はクフフと含み笑いをする。
「残念だったな、一甲。もしコレが当たったらオレの身体にデコレーションさせてやったのに」
「は?」
「あ〜あ残念残念」
普通のチョコレートを口に入れ、チョコのボトルを冷蔵庫にしまいに行ってしまった。
…もしかして、すっごく惜しいことをしたのではないか? もしアレだったら鷹介の白い身体にチョコレートで……。
「な、なぁ鷹介。もう1度…」
「だぁめ!」
あっさり拒否されてしまい、失意の一甲。ここで暴挙に出るのは簡単だが、その後のご機嫌取りに費やす時間を考えて白旗を振る。

悔やんでも悔やみきれないバレンタインの2日後こっそりチョコのボトルを探したのだが、結局どこにも見つからなかった。
それもそのはず。その前日、奥様方からもらったチョコレートと一緒に吼太の元へと運ばれてしまったのだから。

「鷹介?これも?」
吼太はボトルチョコを見て不思議そうな顔をしている。
「あぁ。ケーキ作る時にでも使ってくれな」


とりあえずバレンタインは鷹介の勝利。




 終 





ギリギリ、バレンタインに間に合いました?
すっごく一甲がヘタレてるのはこれを書く直前電話してた内容の影響だと思われます。鷹介も強気なんだか弱気なんだか。性格が統一されてないなぁ凹

2004.02.14  朝比奈朋絵 



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