たまには、お年始ならではの――。


 軽業おさる                          HARUKA様


 …うん――七海と吼太には、電話してあるから……あぁ……あいかわらずだなぁ――なら、明日にでも見舞いにくれば? んじゃぁ、あいつらよろしくな……。

 遠く聞こえていた声は――それとわかる頃には、会話を終えるところだったらしい――電話か?……鷹介がこの部屋で自分以外の者と言葉を交わし得る理由につらつら思い至っていると、ひょこん…豆電球だけの薄暗がりに、ひどく真っ直ぐに縁取られた後光をしょって、起きたのか?……一甲の気配の変化に気付いたのだろう、声の主が顔をのぞかせた。
「年越し蕎麦、食えるか?」
 可不可を問われるのは――昨夜からの一甲の体調を御ん図ってのことだろう。いわゆる年末の常として――詰め込まれるように立て続けに入ってきた仕事。体力には自信のある身ならでは――さらには、郷里に残してきた妻子と年末年始を過ごしたいと願う者たちを思いやっては――文句を言うでもなく、すべてを抜かりなくこなしたものの――さすがに、寒空の下のたてつづけの肉体労働には疲労を蓄積させないわけには行かなかったようで……。ばたんきゅう…文字通り、仕事納めをして帰宅するなり倒れ込んだ一甲の身体は、常ならば共寝する鷹介が慌てるほどの高熱を有していた。
「あぁ、起きよう――」
 発熱の余韻でわずかに関節の痛む身体を起こせば、そそくさ…枕元にやってきて膝をついた鷹介が額に手をのばしてくる。もう大丈夫だ……自ら額を寄せやれば、だな……返される了解は、安堵とともに少しばかり残念そうな気配を孕んでいて――どうやら、普段ならばなんでも自分ひとりでこなしてしまう一甲の世話を焼けるのが、彼としては嬉しかったのかもしれない。もっとも、それについては――一甲のほうも、氷枕をしつらえたり飲み物を持ってきたり、かいがいしい鷹介に、胸がほんわりとくすぐったくなるような思いを味わっていたのだから、相子というものであるのだろうが……。
「あぁ、そうだ――初詣の約束、断わっといたから」
 半纏に袖を通しつつ炬燵につけば、さっそくにお茶を入れてくれる鷹介は――よかったよな?……台所に戻り際、思い出したように――それでも律儀に確認を入れてくる。
「あぁ、すまない――」
 遊園地で新年へのカウントダウンに参加して、続けて初詣に行こう……七海の提案に鷹介がのって――今夜、5人で出かける予定であったのだが――熱が下がったとはいえ、さすがに外出どころではない。お前は行ってもよかったんだぞ……楽しみにしていたのを知っているからには、謝罪のあとに付け加えれば――ば〜か……どんぶりを乗せた盆を持って戻ってきた鷹介に、ぺろり…悪態とともに舌を出してかえされた。


「一甲――そっち、行ってもいいか?」
 小さな炬燵に差し向かいで蕎麦をすすって――丸一日横になっていたからには、もはやすぐには横になる気にもなれず――そのまま、年末恒例であるらしい国営放送の歌番組を見るともなしに眺めやる。手早く台所を片しやってから、みかんの山を炬燵に築いて見せる鷹介に――来い来い……手招きしてやれば、てっきり隣に滑り込んでくるのだと思っていた彼は、えへへ…悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべてみせると――するり…座椅子にもたれた一甲の膝の間へと、器用に腰を落ち着けた。
「こら。狭いだろう――?」
 俺は座椅子か?……苦笑しながら、それでも――ぽふん…胸に背中を預けてくる鷹介をしっかり抱きこんでしまうのは、もちろん彼の行動に不快感があるからではないのだが。
「いいじゃん……」
 年末の団欒ぽくてさ……ご機嫌のていの微笑みで返され、肩越しに差し出されるみかんに素直にぱくつけば――なるほど、悪くはない……およそ団欒とは程遠い半生を送ってきた霞家の長男は、くふり…苦笑に少しばかりのはにかみをまぜやると、恋人の髪に鼻先を埋めた。
「一甲、髭…痛いって――」


 3…2…1……。
 テレビの告げる、新年へのカウントダウン――。
『あけましておめでとう――』
 画面に現れる数字が消えると――冬空に、目映いほどの花火の群。
 さっそく、番組では新年の挨拶が交わされ――バラエティでありがなら、それなりに1年を振り返るための厳かな雰囲気に浸っていたはずのそこは、その瞬間にすっかりお祭気分に入れ替わって――みごとなまでの切り替えの早さに苦笑を覚えつつも、やはり何かしら浮かれたい気分を否定できない一甲も――まだ充分に若輩なのかもしれない。
「あけましておめでとう――」
「おめでとう――」
 ひょこ…もたれかかるようにして見上げてくる鷹介と、年賀の挨拶を交わして――ん〜……睫毛を伏せる彼に誘われ、そのまま唇を重ねる。
「夜が明けたら、初詣にでも出かけるか?」
 愛しさにまかせて、わがままのひとつでも聞くにやぶさかでない――問えば、しかし――ふるふる…頬をくすぐって、やわらかに伸びた髪が揺らされた。
「いいよ。明日も――あ、もう今日か……こんな感じにさ、のんびりしよ」
 くふふ…胸元に懐いてくる笑みは、炬燵でまるくなる猫を思わせて――そうだった……賑やかなお祭騒ぎを好むこの恋人が、その反面――ひだまりで過ごすような怠惰もこよなく好いていることを思い出す。
「寝正月か――? さすがに、一日中身体を動かさんと……鈍るようで落ち着かぬが――」
 ふっ…応じた声に、笑みの気配の混じるのは――口にしてしまってから、その言葉の含みを自覚したせい。
「ならば――ひとつ、正月らしくゆくか」
 鷹介……ことさら耳元で名を呼べば、へへへ…目尻をほんのりと染めてよこすのは――声の孕んだ色に気づくところがあったのだろう。首に腕を絡ませてくる鷹介を抱き上げれば、あのさ……今度は一甲の耳元に囁かれた、小さな小さな――それは、おねだり。


「今年もよろしくお願いします――」




Ende





『最終弁当』HARUKA様のフリーSSを頂いてきてしまいました! ありがとうございます★



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