恋せよ乙女 一瞬静まり返ったスタジオ。 そんなにダメだった?と少しだけ残念に思った直後、嵐は訪れた。 「うそーっ、マジで??」 お笑いコンビの背の高い方が身を乗り出して覗き込む。その勢いに圧倒されつつも恥じらいながらニッコリ微笑むと一層ザワめきが大きくなった。 「本当に男だよね?」 サングラスをかけた司会者がマジマジと全身を眺める。 コクン、小さく頷くと感嘆の溜め息がもれた。 「肌白ーい!」 「この上目遣いがたまんないッスねー!」 レギュラー陣か口々に褒めたたえるのを、紹介者である鳴子が満面の笑みで見つめていた。 「ねぇねぇ、指咥えてみて」 調子にのったタレント気象予報士が注文をつけると女性陣から「オヤジー!」「やらしー!」と集中砲火を浴びる。 ギャーギャー騒ぐ出演者を目の前に鷹介は戸惑いながらも親指を咥えた。 ――嵐再び。 「おい、この子可愛いぞ」 「可愛いってアレだろ?ヤローがどんだけ可愛いくても……マジ可愛い…」 「だろ?この子なら俺付き合っちゃう〜!な、霞もそう思うだろ?」 話を振られた一甲は興味なさそうに茶を注ぎながら生返事を返す。 「ちゃんと見てみろって」 そう言われ画面に視線を移すとぶふぅっ!! 口に含んだお茶を噴き出してしまった。 「うわっ、きったねぇな霞!!」 周りの連中のブーイングなど耳に入っていない。 一甲の視線はテレビに縫い付けられたまま。 そこに映っていたのはふわふわの薄いピンクのモヘアニットにヒッコリーの超ミニスカート、レースアップのブーツを身につけた… 「…鷹介?」 コーナー史上かつてないほどの盛り上がりを見せた鷹介の女装。 「では判定!」 ようやく冷静さを取り戻した司会者が促す。結果は…。 「…29! 29000円!惜しいっ!」 唯一4点をつけた巨乳癒し系タレントの「だ〜ってぇ、悔しいんだも〜ん!」という言い訳は観客の非難の声にかき消された。 その後ろで国民的アイドルグループの最年少が大きな口をニンマリさせて「やべぇ…」と呟いていた。 CMに入り出番の終えた鷹介と鳴子はスタッフから賞金を受け取り着替えのために控え室へ向かう。 「さすが鷹介さん!もう完全に女の子ですよ」 「鳴子ちゃ〜ん、それ、すっげえ複雑…」 仮にも男。地球を守る正義の味方が女装が似合うってどうよ、と肩を落とすが鳴子は隣でキャイキャイ喜んでいる。携帯を取り出し早速吼太に報告をはじめた。 そもそも出場するきっかけは変装用衣裳部屋でのこと。 七海がやたらと女物の服を鷹介に当てては「似合うって!」と連呼していた。 自分では十分男らしい、と思っていた鷹介はもちろんそれに抗議し、七海と言い争いをしていたのだ。 「ぜってぇ似合わない!」 「似合うわよ! 一甲に聞いてみなさいよ!」 「なんでそこで一甲が出てくるんだよ!」 「七海、一甲の意見じゃアテにならないぞ…」 「じゃ一般の人に聞けばいいじゃない!」 「ただのヘンタイだろ、それじゃ!」 「ちっちっちっ(顔の前で指を振る)。いい場所があるんだな〜、これが♪」 「まさか、七海…」 「察しがいいわね、吼太」 「何だよ、いい場所って」 「どう? やってみる?」 「ヤダ!」 「あ、そぉ。鷹介負けるのが悔しいんだ」 『負ける』の一言が鷹介の勝負魂に火をつけたことは言うまでもなく…。 「そんなに言うんだったら出てやろうじゃん!」 で出場決定。オーディションだって軽々通過して、晴れてお昼の全国放送で女装するハメとなったのだった。 「いいじゃないですか。賞金もほら、こんなにたくさん♪ 一甲さんとのデート費用に回せますよ」 半分貰っていきますけどね、とちゃっかり1万4千円を抜き取る鳴子はどうやら七海に感化されてきたらしい。衣装選びの時だって七海と2人、あぁでもないこうでもないと服を引っ張り出しては鷹介に着替えさせていたのだから。その部屋のすみっこで吼太が静かに泣いていたのを誰が見ていただろう。(きっと誰も見ていない) 「べべべべべつにっ!…一甲とデートだなんて…」 ちゃんとしたことねぇし…、とモジモジする姿は少々背は高いがどこをどう見ても女の子で。廊下を行くテレビ局のスタッフが振り返っていく。 その時、ピン、と鷹介の第六感が馴染んだ気配を感じた。 「一甲vv」 控え室の入り口に佇む長身。 一般人シャットアウトのはずのこのエリアにいるのは何故か、なんてことは鷹介には関係ない。小走りに駆け寄り腕を絡める。 「どうしたんだよ、こんなところに。仕事中だろ?」 そう、一甲は作業着姿で首にはタオルとヘルメットまで付いていて。ついでに言えば不機嫌のオーラを隠しもせず漂わせている。 七海に「万が一一甲が現れたらすぐ逃げてくるのよ」と言われていたが、身をもってヤバイ!と危機感を感じた鳴子は「じゃ先に帰ります!」と脱兎の如くスタジオを後にした。賞金とメイク道具と、鷹介の服を持って。 鳴子が着てきた服を持って帰ってしまったことにも気づかず、鷹介は首を傾げて上目遣いに覗き込む。 「…いっこう?」 いつまでも何も言わない一甲にさすがの鷹介も不安を感じたらしい。声に戸惑いの色が混じった。 ヒールの分、ほとんど変わらない高さの視線にお互い居心地の悪さを感じる。慌ただしそうに行き来するスタッフが怪訝そうに2人を見遣るが、構っていられないのか誰も声をかけずただ時間が過ぎていった。 「…なんでそんな格好を」 溜め息と共に零れた言葉には多分に呆れの気配が含まれていて、鷹介は唇を尖らせる。 「オレだってしたくてしたわけじゃないし…」 しかしいきさつがあまりにもバカバカしくて、できることなら説明はしたくない。 「……似合わねぇ?」 あれだけ会場中がざわめいたのだ。本来男として喜ばしいことじゃなくても、少しくらい褒めてほしい心があるらしい。 無意識に縋るような視線になってしまった鷹介の耳元に唇を寄せ「誰にも見せたくないほど綺麗だ」と低く甘く囁きふっくらとした耳朶に口付けを落とす。その声音はベッドでの睦言と似ていて、瞬時に鷹介は頬に朱を散らした。 「…っ、バーカバーカ!恥ずかしいヤツ!!」 唇の感触の残る耳を押さえ、ズサッと飛び退り騒ぐ鷹介。照れ隠しなのは明らかである。 「そう怒るな。ところで今日はこの後何か用事でもあるのか?」 「? 休みだからないけど」 「ならどこか出かけよう。と言っても俺の仕事が終わってからだが」 珍しく一甲からデートのお誘い。一瞬驚いた鷹介も、パァッと顔を綻ばせ頷いた。 「うん♪」 「終わったらすぐ研究所に迎えに行く。あ、着替えるなよ。」 「えー、ずっとこのまま?」 「ダメか?」 いつも強気な男が時折見せる小さなワガママ。デートに誘ってくれたし…と簡単にほだされてしまう鷹介は今回もなんだかんだ言って一甲の願いを聞き入れ、一甲が迎えにくるまで研究所でみんなに散々遊ばれながら過ごすことになった。 昼休み後の一甲の仕事量がゆうに人の5倍は超えていた、とかそのおかげであっという間に片付いてしまい、予定より大幅に早く終了してしまったことも想像に難くなく。 4時には鷹介の待つ研究所に着いていた。 すぐ出かけようとした一甲の肩をガッシと掴み七海が引き止める。 「そのままで行くの?」 「ダメですよ、一甲さん。せっかくのデートなんですから」 そう言って女2人はズルズルと一甲を引きずって衣裳部屋へと消えていってしまった。七海の笑顔が怖くて妨害は出来ないが、それなりに心配した鷹介が聞き耳を立てたドアの向こうでは…。 「やめろ、七海! 別にこのままだって…っ」 「往生際悪い! ほらさっさと脱ぎなさい」 「これなんかどうですか?」 「やめてくれっ!」 「ん〜、それも捨てがたいけどぉ…じっとしてなさい!! あ、そっちのは?」 「これですか? あ! いいですね〜♪」 「はーなーせーっ!!!!」 女性に手荒なことが出来ない(七海はともかく、鳴子は仲間の妹で一般人だから特に)一甲の性格を見抜いての荒業。一甲は結局されるがままになってしまい…。 「待たせたな」 衣裳部屋に連れ込まれた10分後。そう言って現れた少々ぐったりした一甲。 見慣れた黒の上下ではなく細いピンストライプのチャコールグレイのスーツ。白地のデザインシャツが堅くなりがちな印象を柔らかくしている。常に逆立っている髪も下ろされてワックスで緩く無造作に毛先を遊ばす程度。 「どう鷹介? カッコイイでしょ?」 「力作ですよねーv」 一甲の後ろから顔を出した七海と鳴子が満足げに笑っている。 「鷹介?」 なんの反応も返さない鷹介を不思議に思い覗き込むと… 「〜〜〜〜ッvvvv」 声も出ないくらい悶絶しているらしい。頬を紅潮させ、両手を胸の前で組み合わせて一甲に魅入る姿はどこから見ても恋する乙女。 やりすぎたか、と思ったが後の祭りだし、この状況も面白いと七海はこっそりカメラを持ち出しシャッターを切った。(シャッター音の出ない任務用小型カメラ) 「…やはりおかしいか?」 気恥ずかしくて目線を逸らしたままの一甲は、目の前の鷹介がどんな表情をしているのか知らずに問いかける。意味もなく袖口を弄る一甲の腕に抱きつき「惚れ直したv」と耳元に囁くと満面の笑みを浮かべて掴んだ腕を引っ張る。 「行こうぜ!」 「どこに行きたい」 「どこでも〜♪」 節をつけて答える声は本当に嬉しそうだった。 「だって、こうやって手ぇ繋いで歩けるだけで嬉しいもん」 振り返り、ニコッと微笑む鷹介がキュッと手に力を込める。一甲もそれを一瞬握り返し、ついで指と指を絡めるように繋ぎなおした。その密着度の高い繋ぎ方に鷹介の頬が赤く染まり、恥ずかしさからか、繋いだ掌の温度が上がる。 「…お腹すいた」 「リクエストはあるか?」 「中華」 安直に、中華と言えば中華街だよな!の一言で2人は横浜まで繰り出し、稼いだ賞金でいつもよりもランクアップした食事に舌鼓を打った。細身の身体のどこにそんなに入るんだと呆れるくらい鷹介は食べまくり、普段は飲まない紹興酒を嗜み、すっかり上機嫌で店を出る。 海の見える公園はカップルだらけで、いつもなら近寄ることも無いのだが今日は特別。 ほろ酔いでふわふわと当て所なく歩く鷹介の後ろを一甲はゆっくりと、しかし着かず離れず歩いていく。慣れないブーツのせいか酔ったせいか、ちょっとした段差につまづきバランスを崩したところを抱き寄せられ、懐にしっかり閉じ込められてしまった。 「一甲…」 逆らわずそのままほわん、と微笑んで肩口に顔を埋める。 意識は靄がかかったように不明瞭なのに一甲の体温や微かな体臭、息遣い、脈動までもがいつもよりクリアに感じた。 「寒くないか?」 へーき、と答えながらさらに身を寄せる鷹介の髪から覗くうっすらと色づいたうなじが、一甲を誘っているようで。 手触りのよい髪を梳き、少し熱を持つ頬を包み込んで上向かせると静かに顔を寄せて口付けを落とす。 「…ん、ふ……ぁ、」 最初は重ねるだけのキス。触れて離れて。啄ばんでくすぐって。薄く開かれた唇から覗いた赤い舌に目を奪われ深めに繋いだ。逃げる舌を追いかけて絡めると甘く少し苦しげな吐息が漏れ、引けば求めるように鷹介の舌が蠢く。 慣れない格好に慣れないお酒であっという間に膝から力の抜けた鷹介を再び抱き締め、髪に顔を埋めた。そしてただ静かに抱き合う。 「…ありがとな、一甲」 ぽつり呟かれた感謝の言葉。 「今日、すっげ幸せだ。手ぇ繋いで歩いてくれて、ちょっと豪華な食事して。前にデートしてみたい、って駄々捏ねたの覚えててくれたんだな」 不器用で無骨で朴念仁。なのに時々こんなにも優しくなるから、ますます深みにはまっていく。 「…こんななら、女の格好もいいかな、なんて」 「この姿も可愛いが、やはりお前がお前らしくいられる姿がいい。…それに女装は気が気じゃない」 最後は小さく、少し情けない声音だった。工事現場で同僚が鷹介を見て騒いでいたのを思い出したらしくどこか不貞腐れた顔をしている。あまりにも普段の霞一甲のイメージとかけ離れたその表情に思わず鷹介も噴き出した。 「笑うな。誰にも見せたくない、と言っただろう」 「じゃ、もうしないよ」 「…できればそうしてくれ」 約束は唇で交わし、微笑みあう。 くるん、と表情を変えて一甲の耳に吹き込んだのは。 「お前だけのオレを見せてやるよ」 30分後、近くのホテルで鷹介は早速その言葉を実行に移すことになるのだった。 後日。 鷹介の女装姿をバッチリ写真(着替え中のショットあり)に収めた七海から、ネガごと買い上げている一甲の姿があったとかなかったとか。 終
古いネタですみません! 某お昼の番組でこういうコーナーがあったんです。書き始めた頃はちゃんとまとまってたんですが、いつの間にかダラダラと無意味に長いモノになってしまいました。 なぜ鳴子ちゃんが出てるんだろう(笑) 2004.06.20 朝比奈朋絵
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