満ちゆく月に何を想う。


一生分の奇跡


鷹介の抱えていた不安は具現化して目の前に突きつけられる。

自分の腕の中でぐったりと横たわる一甲。
さっきまでの苦悶の顔が嘘のように静かな表情で。
「ようすけ」
意識を失う直前、唇だけで名前を紡いだ。
幾分体温の下がった身体に己の熱を与えるかのように、一甲の頭を抱き締め額に唇を押し当てる。
でも反応はなく。名を呼んでくれた一甲の唇は閉ざされたまま。



これは現実なのか。



最初から惹かれていた。
その圧倒的な強さに憧れ、仲間になりたいと切望した。
しかしかえされるのは拒絶ばかり。
それでも去りゆく背中が悲しみや憤りを感じているように見えて放っておけなかった。
何度倒されても、殺されそうになっても。

父親の呪縛から解き放たれてから、時々見せてくれるようになった柔らかい表情に胸が躍るのに気づいたのはいつだったか。
意識するよりも早く、自然に染み込むように一甲のことを特別に思うようになったのは。

「バカヤロウ」
まだ気持ちを伝えてない。
「バカヤローッ!」
何故頼ってくれなかった。
「バッキャローッ!!!」
どうして気づいてやれなかった。

一甲を病院に運び込み、仲間のもとへ駆けつける間。
何度も叫び続けた。






「一甲を助ける手段があるんなら、どんなことだってしてやる」
また一緒に前へ進むために。






鷹介が己の身体を犠牲にしてまで一甲を死の淵から呼び戻した。
そこでようやく独り善がりの浅はかな行動だということに気づく。
心臓の上に指を這わせ、微かな鼓動を探る。薄く開かれた唇に頬を寄せ、呼気を感じ取ろうと。元々白い肌が血の気を失い、更に白さを増したことに気づき胸が締め付けられた。
「鷹介…」
気を失う直前呟いた言葉を声にしても、もう鷹介には届かないのか。
ようすけ、ようすけ…。
頬に額に瞼に。名を呼びながら口付けを落とす。

七海、吼太、一鍬が病室へ駆け込んできて必死の思いで鷹介を呼んでも。繋ぎとめるように手を握っても。

――鷹介の心臓は時を刻むのを止めた。

こんな結果を望んだわけじゃない。
死ぬのは自分一人でよかった。
何故鷹介が…っ!!
低く呻き、強く拳を握る。掌の皮膚が破れて血が滲んでも痛みなど感じなかった。
鼓動を告げない機械をただ睨みつけるだけだった。












「なぁ一甲」
ラーメン屋の屋台を後にして各々が家路につく中、一甲は目的もなく堤防沿いを歩いている。4歩後ろには鷹介の姿。月を見上げながら呼びかける。
「まだ体調は完全じゃないだろう。早く帰れ」
感情の見えない声に鷹介の眼は不安げに揺れた。
一甲が呼びかけを無視し振り向かずそう告げると、4歩の差はあっという間に詰められる。
トン、と一甲の背中に軽い衝撃。
互いの身体に感じる温かさは一度失いかけたもの。
「…鷹介?」
身体の前で組まれた手を引き剥がそうと指をかければ、それに逆らうようにぎゅっと力が篭る。イヤイヤをするように頭を振るのに合わせて、柔らかな髪がパサッパサッとジャケットに当たった。
「もう、やだ」
呟く言葉の意味が掴めず、一甲は次の行動に動けないでいる。
「もう、後悔すんのはイヤだ」
「鷹介?」
ふ、と腕の力が緩んだのを感じ、一甲は鷹介に向き合う。見上げる眼は夜目でもはっきりと潤んでいるのがわかった。
「オレ、お前のことが好きだ」
飾り気のない、ストレートな告白。一甲の腕を掴む指先は微かに震えている。
「月なんかに取られてたまるか」
震える手をジャケットを更に強く掴むことで止め、一甲の好む強気な眼が一甲の後ろにある満月を睨みつける。
月の光を受けて煌く瞳にしばし心を奪われた。
その沈黙を鷹介は拒否≠ニ受けとめたのか、鷹介の目と指先から力が抜け、ついと身体が離された。俯く鷹介の表情を栗色の髪が隠す。
「…ごめんな。困るよな、こんなこと言われてもさ」
ぱっと上げた顔は確かに笑っていたのだけれど。
声は絞り出すように苦しげで、明らかにムリしているのがわかる。
「今の忘れてくれていいから」
そう言い残し背を向けようとした鷹介に腕を回し引き留める。
「…一甲?」
一甲の胸に身体を預ける状態になり、鷹介の心臓は存在を誇示し始めた。一甲の体温と微かな汗の匂いを意識してしまい、頬が赤らむのを止められない。
肩口に顔を埋め、無言のまま抱き締め続ける一甲の背中に恐る恐る手を回した。
「意識が途切れる直前にお前の顔が浮かんだんだ。これでいいのか、と怒ってるお前が」
「…怒ってるのなんか思い出すなよ」
憮然とした声に、小さく笑い肩口から顔をあげる。
「割り切ったつもりでいたのに、お前への未練は捨てられなかった」
「え?」
「果てる命なら、告げないでおこうと決めていた」
「……でも、生きてる……」
「あぁ、だから。…俺もお前と同じ気持ちだ」
「…いっこぉ」
溢れ出た雫が頬を伝いジャケットに落ちた。
「今日初めて、神に感謝した」
零れ落ちる涙を指で拭いながら、一甲が告げる。
「お前がこうして生きていることに」
そこまでは真剣だった一甲の顔が微妙なものへと変わるのを見て、鷹介は首をかしげた。
「なんだよ」
「いや、第一声が『腹減った』だったのはいささか感動みに欠けたがな」
「〜〜〜〜っ! 仕方ねぇだろ、本当に腹減ってたんだからっ!」
くくくっと肩を震わせ笑う一甲に鷹介は身体に回されたままの腕をほどき、ずんずん歩いて行ってしまった。
どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。
鷹介の後ろをさてどうやってご機嫌を取ったものか、と顎を擦りながら追っていくとふと視界に満月を認め、改めて誓う。

二度と一人では死なない。死なせない、と。

「置いてっちゃうぞっ!」
後をついてきていると思った一甲が立ち止まって月を眺めているのを見て不安になったのか、鷹介が声を張り上げて呼んだ。
歩調を速めて隣に並ぶと今度は鷹介が月に向かって叫ぶ。
「もう、怖くなんかねぇかんなっ!」
だろ?と笑って見上げる鷹介に、小さくキスを送った。






 終 





終了ーっ! 告白まで長かった…。
原作ベースで書くのはやっぱりツライなぁ。(原作ベースだっけ??)って本当に重要なシーンを掠っただけですが。
一応今までのは一つのシリーズってことで完結です。今後はこの話の流れとは別のものを書いていきます。のでこれとは違った告白もアリ?

BBSにでもメールにでも感想などいただけたら幸いです!
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。


2003.11. 6  朝比奈朋絵 








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