昨日と今日の境界線 「一甲ー、もう運ぶモンねぇ?」 「あぁ」 ある晴れた平日。 鷹介は住み慣れたアパートの部屋の片づけをしていた。 新居へ引っ越すために。 荷物を借りてきたトラックに積み込んみ、再度ドアのところまで戻ってきた鷹介はゆっくり部屋を見渡す。 すっかり物が運び出されてしまった部屋は、どこかよそよそしくて。ちょっとした寂寥感に襲われる。 「…こんなに広かったっけ…」 しみじみと、ぽつり呟いた。 「家具がなくなればそんなものだ」 いつの間に来たのだろう、ぽん、と頭に乗せられた掌が温かい。くしゃくしゃと髪をかき混ぜるのは彼なりに元気づけようとしている時のクセ。 その気持ちがうれしくてちょっとだけ視線を上げて微笑む。 「今までお世話になりました」 ぺこり頭を下げて。お礼を言うとなぜか一甲も頭を下げている。ヘンなの、と思いながらも嬉しくてまた見上げて笑う。 この部屋にはたくさんの思い出が詰まっていた。 壁の傷は引っ越して来た当初にテーブルをぶつけてしまった時のもの。 ギィギィ鳴る扉ももうすっかり慣れた。 戦いに疲れた身体を休ませてくれた。 隣に立つ男と想いを初めて通じ合わせた場所。 何度も何度も些細なことでケンカして、いつの間にか仲直りしていた。 どれもこれも鷹介にとって大切な宝物。 次に借りる人も幸せな気分になってくれるといいな、と思いながら 去来する思いを胸に仕舞い込み カチャン、 最後に鍵を閉める。 「あなたみたいな人に借りてもらってこの部屋もよかったよ」 大家さんに鍵を返すとニコニコ顔で言ってくれて。 少しだけ目が潤んだ。 「鷹介、そろそろ行けるか?」 車の中で待っていてくれた吼太に「うん」と答えて駆け出す。 「ありがとうございました!」 もう一度大家さんにぴょこんとお礼を述べて車に乗った。 新しい生活へと一歩を踏み出すために。 気合い一発。 「よっしゃー、いくぜーっ!!」 「愛の巣、へか」 口の中だけで呟く吼太の声は鷹介には届かなかったが一甲にはちゃんと聞こえていたようだ。 「いつでも遊びに来てくれ」 「…………ありがとう」 否定してほしかった言葉をあっさり肯定されて撃沈する吼太。 しばらくは惚気られるがオチだよな、と七海に言えば「そんなのいつまでたってもに決まってるじゃない、バカップルなんだから」と返されてしまった。 一甲と鷹介の新居に遊びにいける日はくるのだろうか。 終
自分の引越し記念SS。←超私的; 実はこのSS、2回消えたいわく付きの作品です; 2004.10.12 朝比奈朋絵
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