冬の団欒


今年は暖冬だと誰かが言ってた。
でも寒いもんは寒い。
今日の仕事は特に。ビルの窓拭きだから。
「新人〜! 手止まってるわよ!!」
「すんませーん!!」
得意先ということで今日は社長も一緒に来ている。といっても実際窓拭きしてるわけじゃなくてこのビルのオーナーらしき人と雑談をしてるようで。現場に来る途中監視されてるみたいだ、とげんなりしてたら「監視よ。決まってるじゃない。すぐいなくなるんだから」って言われた。…言い返せない。

でも実はこの仕事好きなんだ。
自分がピカピカに磨いた窓に映る青空は思わず笑みがこぼれるほどキレイだから。高いところで風に吹かれながらソレを眺めるのがお気に入りなのだ。
今日は抜けるような青空、という言葉がぴったりなくらい天気がいい。仕上がりが楽しみでオレはせっせと作業の手を進めた。




「ただいまー」
自分ちじゃないのに仕事帰りに研究所に来るとつい言ってしまうのは、ここが居心地がいいせいなのかも。
「おー、おつかれさん」
おぼろさんがモニターを睨みつけながら応えてくれる。その傍らでは館長があーでもないこーでもないとウロチョロしていた。…今更だけど、なんか威厳ねぇよな、その格好じゃ。
「おつかれー」
七海はスケジュール帳を開き、明日のプロモーション先の場所チェックをしている。売れない演ドルはお迎えなんかない。自分で電車を乗り継いで行かなきゃならないんだって。
「お疲れ。明日どこ行くんだよ」
隣に腰を下ろしながら尋ねる。
「○×商店街。あ〜〜、どこで乗り換えたら一番早いかわかんない〜〜〜!!」
七海はパタン、と手帳を閉じて放り投げた。
「ところで吼太は?」
とっくに仕事も終わってる頃だろう。今日の食事当番は吼太のはずなのに気配がない。…ん?気配?
吼太のではない、でもよく知った気配を感じた。パッとキッチンのある方へと視線を走らせる。
そんなオレの行動がおもしろかったのか、背後で七海がフフッと笑う。
「吼太ね、まだ帰ってきてないよ。ちょっと遅くなるって。でね、その代わりに…」
七海の説明を聞くまでもない。これは…。オレは小走りでキッチンへと向かった。

「一甲!」
見慣れたキッチンに見慣れない背中。いや、実際はイヤってほど見た背中なんだけど疾風の本拠地の台所に一甲の背中≠ヘ結びつかない。
「おかえり」
肩越しに振り返り目を細める一甲に、ちょっとドキドキする。
「…何してんの?」
ぴょこぴょこ隣へと歩みを進めて手元を覗き込むと後ろから一鍬の不機嫌そうな声がした。
「邪魔だ。あっちへ行ってろ」
「あ、いたんだ、一鍬」
「…貴様」
持っていた包丁が心なしか震えている。あぶねぇな。ちゃんと持ってろよ。
それにしても何でこの2人がいるんだ?
疑問いっぱいの顔をしていたのか、一鍬がさらに不機嫌そうに口を開いた。
「吼太の代わりに飯を作ってるのだ! …なんで我らがこんな…」
「イヤなら作んなきゃいいじゃん」
別にお前がやんなくたって、七海かおぼろさんが作るだろ、普通。
「七海に頼まれたんだ。な、一鍬」
ほんの少しだけニヤッと笑う一甲に対して、一鍬は顔を真っ赤にして口をパクパクさせ、結局何も言わずに口を閉ざしてしまった。
ま、一鍬が七海のお願いを断れるわけねぇもんな。
恋する男はツライってか?
「ふーん。で、何作ってんだ?」
手伝うことあったら言ってくれ、と着ていたジャケットを椅子に掛けて袖を捲る。
「迅雷流秘伝の鍋をな。もうほとんど終わったから別にいい」
「でも…」
「兄者、切り終わったぞ」
不貞腐れながらも野菜を切り続けていた一鍬が急に一甲とオレの間に割り込んできた。邪魔すんなよな。ちょっとだけ新婚さん気分味わってたのに。
フン、と鼻で笑う一鍬にアッカンベーすると、ばっちり一甲にも見られてしまった。一瞬目を見開いて驚いた顔をしたけど、そのあとクックックと笑い始めた。
「もう準備できるから、向こうを片してこい」
ちょっと濡れた手で頭をクシャッとかき混ぜられる。完全に子ども扱いだ。
小さく「はーい」と返事をしてジャケットを片手にメインルームに戻る。

メインルームに行くといつの間にか吼太が帰ってきていた。
「おかえり。遅くまで大変だな」
「ああ。でもおばあちゃんも喜んでくれるし」
大変じゃないよと笑う吼太はやっぱり人間の器が大きい。すぐカッとなって怒る自分とは大違いだよ、ほんと。
「まだ片付けてないのか」
鍋を持った一甲と人数分の小鉢やらを運んできた一鍬が呆れたように立っている。
「あ、悪ぃ。ちょっと待ってて」
もたもたしてるとまた一鍬の機嫌が悪くなる、とオレと吼太はそそくさとテーブルの上を片付け始めた。七海は「お茶持ってくるねー」と入れ替わりにキッチンへと向かう。
「いっただっきまーす!」
パン、と手を合わせて大合唱するオレ達は早速鍋に手を伸ばした。が、
「それはまだ早い」
「いてっ」
向かいに座っていた一鍬がオレの手をはたく。…もしかしてコイツ…
「お前、鍋奉行?」
思わず箸で指しながら尋ねてしまった。行儀悪いぞ、と今度は隣の一甲から注意を受ける。
この兄弟、やっぱり口うるさい…。そう思ったオレは別に悪くないと思う。
「なんだ?その鍋奉行とは」
「鍋ん時にあれこれ仕切るやつ。ぜーったい一鍬そのタイプだろ」
「別にそんなこと…、あ、おぼろ殿。春菊はこっちに入れてくれ」
「…やっぱそうじゃん」
小さく呟くと隣の一甲が苦笑していた。
「すまんな。あいつも悪気があるわけじゃないんだ」
お兄ちゃんな一甲は優しい顔をしている。…なんか妬ける。もちろん一鍬に。
「鷹介、楽しく食べようぜ」
吼太も苦笑いしながら諫めた。七海は我関せず、というより一鍬にすべて任せている。一鍬がやたら張り切ってるのはその所為なのか? まったく困ったヤツ。
「よーし、食うぞ!」
気を取り直して、再びぎゃいぎゃい一鍬と騒ぎながらも楽しい夕飯を楽しんだ。


カチャ、カチャ
ポーカーで負けたオレは一人で後片付けを命じられた。みんなはコーヒー飲みながら続きをしているようだ。
「手伝おう」
不意に現れた一甲にちょっと驚いてしまった。気配消して来るなよな。
「別にいいぜ、罰ゲームだし」
「一人でやるより早いだろ」
そういって食器をすすぎ始めた。いつもよりちょっと優しい面を見せる一甲に心臓が暴れだす。
「サンキュ。でも意外だな。迅雷にもまともなモンが伝わってたんだ」
「…迅雷流をなんだと思ってるんだ」
「苦ーい薬とかまずーい薬湯とかくさーい貼り薬とか」
「………」
チラっと上目遣いでみやると苦虫を噛み潰したような顔した一甲がいた。こんな顔もするんだ、と新しい一面が見れて得した気分になった。
「でもさやっぱ冬は鍋だよなー。いくら暖冬っつっても寒いモンは寒いしさ。今日ずーっと外で仕事してたから嬉しかったぜ。ありがとな」
たまには正直にお礼を言うと、一甲が少しビックリした顔をしてぱっと逸らした。なんか顔赤くねぇ?…気のせいかな。

寒い日は何気ない暖かさにも敏感になるらしい。
隣に立つ一甲の体温がほんのりシアワセな気分にしてくれた。
なんとなく、冬も好きになれそうだ。
そんなふうに思った一日だった。



 終 





うわーん、オチがない! ちなみに鷹→甲&鍬→七らしいです。


2003.12.05  朝比奈朋絵 
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